9.臨終
母は朝から言葉を発することができなくなっていました。
声をかけても反応はなく、苦しそうに喘ぐような呼吸をするだけ。
一見、苦しそうに見える呼吸は、下顎呼吸というもので実は苦しいわけではないんだそう。ただ、この呼吸が見られるとあと数時間~数日と言われているそうです。
「おかあさん、朝だよ。もう明るいよ?」
「ほら朝だぞ。いつまで寝てんだ?」
兄と繰り返し声をかけました。
でもやっぱり反応はありません。
瞼がうっすらあいて目が乾いてしまいそうなので、そっとまぶたを閉じてみたけどやっぱりすぐにまた少しあいてしまう。
起きて、と声をかけ続けていたら父に、もうやめろ、寝かせてやれと、止められだんまり。
看護師さんが「手を握ってあげていてくださいね」とベッドの柵をはずしてくれました。
いよいよなんだ、と分かっているのに「ありがとう」を伝えることが出来ませんでした。
言葉にしてしまったらそこで全て終わってしまいそうで。
かといって、頑張れとも言えない。もう充分頑張ったもの。
ただただ、黙って母の側にいて手を握っていました。
手も足も冷たくなってきました。
呼吸の間隔もあいてきました。
朝からずっとそばで手を握って過ごし、夕方に。
少し部屋を出て戻ると、母は呼吸をしていませんでした。
伯母たちが母の名を繰り返し呼び、そして先生に知らせました。
そして、臨終が告げられました。
このとき、自分が思っていたほど泣くことも取り乱すこともなく、ああ案外大丈夫なんだわ。と、思っていました。このときは。