4.がん化学療法科病棟

母が最初に入院した病院は、私が5年前に息子を出産した総合病院だった。
私が入院した産科病棟の賑やかさとは全く異なる静かな病棟。
面会室からは岩手山が見えた。
私が息子を産んだ翌朝、病室からも岩手山が見えた。3日がかりで出産したあと疲れた体を起こし窓から見えたその景色はとても清々しかった。
化学療法科の面会室から見えた岩手山は少し切なく感じた。
富士山にも似た美しい山。幼い頃から毎日のように見て育ってきた、たぶん世界で一番好きな山。

面会室はいつも静かだった。
たまにテレビを観る人、食事をとる人がいた。
あとは電話をしている人かな。
検査の結果、たいしたことなかったからすぐに退院できそうだよ、と笑顔で電話している患者さん。
患者さんのご家族の方だと思うけど、患者さんが亡くなったことを連絡している方。

一度だけ、患者さんとそのご家族と思われる人たちがテーブルを囲み食事をしているのを見かけた。
いいなあ、と思った。

二度目に母の面会に来たときは個室に移り、ほぼ寝たきりの状態になっていた。ポータブルトイレも部屋に用意されていた。 

そして予想していなかったのでショックだったのだけど、母は食事をとれなくなっていた。
食べようとしてもすぐに気持ちが悪くなってしまい、結局食べることができなくなったそうだ。
それでも一日に三回、食事の時間になると全病室に食事の時間を告げるアナウンスが流れる。
私たち家族は黙って聞き流した。
母は「いいよ。気にしないで何か食べておいで」と言った。
この時点で母に残された治療法はなく、ホスピスへ転院することが決まっていた。